2017/09
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生と死の狭間。それでも溢れる感情。
GAKUです。


いま。言葉に出来ない感情の真っ只中にいます。
本音を言うと、死んでも良いなーと言う選択肢もあります。

それが、つまらない事だとも思えます。


久しぶりに、感情のあるがままに書いてみたいと思うブログで。



気づけば35歳、多くの人に迷惑をかけてきた人生です。
それについて、詫びる気持ちなど一切無いのが心情です。
むしろ、そんな方達に出逢えた事が、幸せでなりません。

この、2週間くらい。
生と死を。選択している気がします。
でも、昔と違うのは。死に興味が無いことです。
それでも。眠りにつこうとする度に、死は僕に向かってきます。闘いのように。

わからないけど。いつか、同じ気持ちの人と話したりするんだろうか。眠りにつく度、死と向かい合い、眠る度に闘う辛さについて。



それでも。僕は自由だと思います。
この歳でさ、毎年のように1週間から2週間休めるやつはいないと思う。
いま、僕は自由だ。


最近は、夜に全く眠れません。
昔ほど、物事に対して必要に考えません。
個性を失っています。
自分が何か、どこに意思を持っているかもわかりません。

苦しんでいます。
いまの、世界は、息苦しい。




知るべきだと思います。
僕たち同世代や、同じくらいの世代は。

価値観、感覚、表現、方法。

全て違うのです。


反面、負けるとか勝ちとか、そんなつまらないもの以上の生きてる実感があるのです。

若い新時代は、マンパワーが強く、その瞬間が全てと、瞬間すらが勘違いと。
しているかもしれません。

僕はどちらのパワーも、好きです。



そこにはすべて、意思がある。


ときには意思は複雑で、認め合わなくても良いから、一旦一緒に走れば良いと思います。





話を聞くと。目的と、方法と、改善策は全然違うけど、『夢』は一緒なんです。



今日は。酔ってるかな。
こんな、ブログ誰も読まないと思うけど。


僕の思いはひとつ。
そこに未来が見えて、楽しいことなら、苦労は問わない。


不思議な話を思い出しました。
子供の話です。

日本全国だと思います。
だれも。自分の身近な地域に不幸になって欲しいと思っている子供はいない。

子供が!!!

でも。少子化です。

それでも、なぜ。子供達の幸せや未来を考えるのか。
野田内閣の頃から言われてました、日本の人口はどんどん減る。

知らない人がほとんとで、減る事に対してなにが起こるかもしらないでしょう。




全くもって。まとまらないし、ただ言いたい事を言うだけにとどまると思うが、書いておきたいと思います。


僕が。生きる死ぬかはどーでも、良い。
それは、僕以外のだれでもそう。

何故なら。やはり、生きている人間のマンパワーに敵うものはないからだ。
生きている人間が、誰に感化されて、今の。
尊い自分自身の命を燃やすか、それはそのタイミングで出会った人、歴史、空気、理屈や科学では答えが出ない事。


先日、年に指折り数えるくらいしか逢えない子供達にあった時。
世間がどーとか。
政治がどーとか。
世論がどーとか。




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6/20に書いていたものですね。
誰が書いたというのは、僕ですね。
本当に自分なのかとも思えます。



今は8/8です。
生と死を選択していたほんの2ヶ月まえ。
死に興味のなくなった僕は、まだ生きています。

あの頃の自分の感覚や感情には絶対戻れませんが、今は。


生きています。

生きるか、死ぬか、どちらでもよかった。
そう思う時もあります。
それは何か。
きっと、生きていても死んでしまっても、

僕が僕である事は「変えられない」からです。



どんな存在であれ、人が生まれ生きていた時間は誰にも変えられません。
偉人だろうが政治家だろうが、誰かにオムツを変えられ、ご飯を食べさせてもらい、今は生きている。そうじゃなかった人もいるとは思いますが。

生まれたからこそ、一人では生きていないと思うのです。
僕は世界一母親が憎いと思っていますが、彼女がいなければ僕は生まれていません。

命が生まれたことは、一人きりではないのです。


環境がどうあれ、多くの人は、孤独を感じると思います。
生きているのは楽しい事ばかりではないので。
でも、孤独ではないんだよね。
そう思います。
孤独は、勝手に自分で作ってしまった世界観のような気が、今になって思う。



さて、僕は今も生きています。
そこにどんな意味があるのかはわからんけど、生きてみようと思う、2015の夏です。


少し昔の私、GAKUさん。ありがとう笑

僕は今、元気です。


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時間が経てば変わるんでしょうが。
GAKUです。

時間がたったり、身の回りに起きることがたくさんできたりしていくうちに、あんなに熱かった想いもどーでもいいものに変わると、つい最近実感したのも束の間。

なんだか、また大切なものを失いつつあるのだと、くるしーなーとか思ったりもします。
それはもちろんお互いにだし、なにより、原因がほぼほぼ自分にあると理解した上でですが。


最近みた動画、堀江貴文さんの近畿大学卒業式のメッセージの締め言葉。

『 未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ 』

目の前を日々真剣に考えて、悩んで、生きていくしかないなーと思います。
でも、やりたいことをやりたいようにしたいので、急に連絡したりもするのかも、いや、しないのかも。



親父の体調が悪く、今週の月曜日と火曜日に地元に戻っていましたが、
自分の部屋に入るとこんな文字がすぐに目に飛び込んできました。

『 前途洋洋 』
今後の人生が大きく開けていて、希望に満ち溢れている様。
前途は将来、目標までの今後の道のり。洋洋は水が溢れるように一面に満ちている様子。


火曜日の夜に家を出る直前に、直感で開いたら。

『 天真爛漫 』
明るく無邪気で屈託がない様。ありのままの心情が言動に表れ、偽りのない様子。


なーんて言葉を背に、また東京に帰ってきました。

どちらの言葉も、お互いに適しているのかもしれません。



崖っぷちの淵の淵、むしろ崖に落ちているような状況が、今の現実です。
35年間の富山時代は、あってないようなもんで(仕事)。
まーとにかく、頑張るしかないのと、今を一生懸命生きることをするのみですね。


またね。
これで去年みたいに、すぐに出会ったら、笑えるね。



 
再開
GAKUです。

昨年末に東京へ移ってきて、富山にいた35年間よりも濃密な日々を過ごしていると実感しています。
縁が結びついているのかわかりませんが、こっちの生活の中で本気でタフな人達に出会っています。

特に自分の同世代の人間には刺激を受け続けました。
一流の商社マンだったり、20代前半で起業をし今も懸命に動き続ける社長。地方でビジネスをあて、これから東京に進出する人。お金持ちの奥さんと結婚し、裕福な暮らしをしている人。徹底的な信念をもって戦い抜く2年目の社長。グレーな所でぶっちぎって走る社長。まだまだいろいろな人がいますが、とにかく東京は人も多くて、すげー奴らがたくさんいるってことですね。

そんなこんなで、毎日がいろいろありすぎて、余裕がないのが現状です。

LINEやFB、返信してないものも気づけば増えてしまっています。
自分だけのことで精一杯だなーと、痛感しています。


タイトルを「再開」にしたのは二つの意味があって、一つは単純にブログの再開。もう一つは自分自身の再開。

今年に入って、書き続けてきたブログが真底イヤになってしまいまいました。すべての記事を見えなくして、放置してきました。書きたいとも思わなかったしね。
昨日、東京に来てからの自分をやっと客観視できました。
東京に来て仕事をし、全く別人の自分になろうとしていた気がします。
よく使う言葉で言うなら「自分自身を見失っていた」ということになります。

出会う人が圧倒的すぎて、それに倒されていました。
それがまず間違っていました。
初対面で会う圧倒的な人。
目にも見えないその凄さに、自分は倒されていました。

ある歌の歌詞の一節にこんな言葉がありました。

「 見たものみたまま 」

どんなにすごい人でも、圧倒的な人でも。
ババァはババァだし。
ハゲはハゲ。
汚い奴は汚い。
デブはデブ。
何に倒される必要があるんだ?って話です。

どんなに金を持っていようが、どんなに有名人と多く仕事をしていようが、関係ない。
もちろん、同じ人間だし初対面なら気を遣うことは大切だと思いますが。
自分が退く必要なんてないんですよね。


東京でガンガン仕事をしてる人や、ガンガン遊んでいる人たち、「おースゲーなー」と思える人たちの中には、ハリボテも多くいます。それを見抜けない自分が馬鹿だった。

自分も少なくとも、地元で目一杯仕事もしてきたし、田舎だけども結果もそこそこ出してきました。その生きてきた35年は、財産であることに変わりはないし、自分の「良さ」だったり「らしさ」なんだと思います。
自分にも、自分でしかできなかったたくさんの経験があります。
それを活かして東京で戦えば、それで良いんだと。
ずいぶん時間がかかったけど、昨日気付いたわけです。
田舎侍として戦ってやろうじゃねーか、みたいな話です。

もちろん、僕は頭がかなり悪いので、気づかせてくれた人がいるんですが。
ありがとうございます。



せっかくなので、上で書いていた歌の歌詞を文字に起こしておこうと思います。


ねむねむの木「 旅の人 」  原曲 junnos

旅人のもつ その空気感
やわらかく入り込んで溶け込む
見たことないとこ行ってきた
汚れた靴が物語るの

ああ、行きたい所があるから
息をしてる
ああ、行きたい所があるのさ

日焼けもせずキレイな服で歩いてたら
カモられるのは仕方がないね
騙されて怒ってばっかいないで
取らなきゃ生きられなかった奴らを思え

ああ、行きたい所に行けるの
良い国から来たね
ああ、行きたい所に行ければ
そりゃ幸せ

風の吹くまま 見たもの見たまま
感じたこと心に留めたまま
風の吹くまま 波の揺れるさま
今は、今は、旅の人

意味が砕けても慌てない
微々たる変化には動じない
心まとって男は立ってた
何が欲しいわけじゃないのさ

ああ、行きたい所があるから
生きていける
ああ、生きた心持ちあるのは 
バックパックの重みだけ

食べたいものを選べるんだ 
飲みたいものも選べるんだ
搾取している大店には 行かない
個人商店の温もりが好きだぜ

(中略)

モノや場所を選ぶということは
とても贅沢なこと

風の吹くまま 見たもの見たまま
感じたこと 心にとどめたまま
風の吹くまま 波の揺れるさま
今は、今は、旅の人
いつも、いつも、旅の人
いつも、今日も、旅の人




いやー、すごい歌詞です笑
ただ、心にズンと響く部分も多くて、大好きな曲になりました。


長ったらしく書きましたが、

『根拠のない自信』

を持って、日々を生きて、この東京で自分らしくやって行きたいと思います。

「 やれんのか?」

「 やれるよ!!」

これに尽きるな笑


まだまだ苦労はするのだろうけど、何度負けても倒されても、立ち向かって行きます。



ではまた。






 
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